器や部屋は、材料だけでは使えない。使えるのは、そこに空いている場所があるから。
老子の章へabsence, emptiness, nothingness
ない
こと
何もない場所は、空っぽの穴ではなく、ものが現れるための余地でもある。老子、プラトン、シェイクスピア、パスカル、ハイデガー、西田幾多郎の周辺を、小さな静的サイトとして歩く。
三つの
読み方
「ない」は欠落、余白、否定、沈黙、可能性として姿を変える。ここでは厳密な哲学史ではなく、入口になるための短い配置を作った。